【映画レビュー】『LION/ライオン 〜25年目のただいま〜』

 本日ご紹介する映画は『LION/ライオン 〜25年目のただいま〜』です。

 Googleは世界を大きく変えましたが、1人の人生も大きく変えることとなりました。

 人は誰しも生きる理由を探しています。

 生きる理由とはすなわち、自らの“アイデンティティ”であり、僕たちは時に「自分はいったいどこから来て、どこへ向かうのか」ということに思いを馳せてしまいます。

 本作の主人公のサルーもまた、そうした思いに悩まされてきました。むしろ、人生の大半をそうした思いに支配されてきた青年です。

 幼少期にふとしたことから迷子になり、乗ってしまった汽車で約1,600km離れた場所へと来てしまった彼は、家族のもとへ帰ることもできず、保護された後にオーストラリアへと養子に出されやく、約20年以上のもの時を過ごします。

 これは舞台がインドというのがポイントで、インドの広さって、日本の約9倍近くもあります。
 
 さらに、インド国内には膨大な数の言語が存在します。
 インドで母語として話される言語は、方言を含めると1,683種類あるといわれており、そのうち850言語が日常の社会生活で使用されているそうです。

 映画の中でも描かれていますが、迷子になったサルーは親切な青年に拾われて、住所や家族のことを聞かれますが、お互いに言語がわからないために、伝えることができないというシーンが出てきます。

 つまり、こうなってしまうと家族の元に戻ることはほぼ不可能なこととなります。

 やがてサルーはオーストラリアに養子に出され、何不自由なく幸福に暮らしますが、そんな彼は自らの出自に苛まれていきます。

 そして、(事前に言われているのでネタバレではありませんが)大人になったサルーはGoogle Earthによって、自らの故郷を見つけることができるのですが、Googleは広大な海も広大なインドも、いとも簡単に超えることができる凄さを純粋にあらためて感じました。

 冒頭とクライマックスとラストのシーンに象徴的な存在として「線路」が出てきます。

 線路って、よく考えるとすごい存在で、それを辿っていくと、線路が伸びている限り、どこでも行けるわけです。

 例えば、博多駅から伸びている新幹線の線路をずっと辿れば東京に着くわけで。

 非常に当たり前のことではあるのですが、線路が続く限り、僕らは道を辿ることができるのであって、目の前の道はすべてどこかへと繋がっているということに気づかされる素晴らしい映画でした。

この記事を書いた人

白澤暗

映画やアート作品が好きな20代です。