映画「二重生活」レビュー

映画「二重生活」を見たのでレビュー。というか感想文。

※ネタバレを含みます!これから見るよという方はご注意ください。

あらすじ

以下、Amazon プライム・ビデオより引用

大学院で哲学を学ぶ平凡な学生、珠。同棲中の恋人卓也との日々は、穏やかなものだった。ところがそんな毎日は、担当教授から修士論文の題材に“哲学的尾行”の実践を持ちかけられたことで一変する。それは、無作為に選んだ対象を追ういわば〝理由なき尾行″。半信半疑ではじめた、隣人、石坂への尾行だったが、彼の秘密が明らかになっていくにつれ、珠は異常なほどの胸の高鳴りを感じ、やがてその禁断の行為にのめりこんでいく-。

主題

この作品から感じたことを一言で言うと、
「人の存在意義は、人との関わり合いの中で完成する」
ということだと思います。
金八先生じゃないけども。

「見る・見られる」
「(論文を)評価する・される」
「秘密を共有する」
といった関係性を繰り返し描いていること、
また最後の教授の死の理由もこの主題に関わっているんじゃないでしょうか。詳しくは後述。

人物別の気づいたところ

物語の主人公であり、ほとんどが彼女の視点で物語が進んでいくので、彼女自身の印象は割と薄い。
強いて言えばあいそ笑いがヘタ(な演技がうまい)なーというくらい。
石坂(対象者A)のときは不倫を突き止めた奥さんを追ったりしていたが、
篠原教授(対象者B)のときの小劇場から出てきた奥さん役の人を追いかけなかったのはなぜだろう。
篠原教授の事情は石坂のときのようにスキャンダラスではなく「おもしろい」ものではなかったからかもしれない。

卓也

いっつも地名の入ったTシャツを着ている(笑
珠が尾行をしていると知ったあと
「なんで一緒にいるんだろうね」
と言い放つシーンが印象的だが、なんでこんないきなり怒ってるのかわからなかった。
彼は食っていくために美少女イラストのおっぱいを大きくしなければいけなかったり、生活の中でいっぱいいっぱいで、哲学の論文のためとはいえなんでそんな尾行なんか意味のないことをしているんだ、と苛ついたのかもしれない。

実業と学問でスタンスが違いすぎるのはよくあることだ。
珠の同級生の
「大学院なんて行かないで就活するべきだった」
というセリフがあったように、哲学することにどれほどの意味があるのか?ということを
作品の中でそれを終始問い続けているように思う。

石坂

作中で一番、二面性を持った人物。
にこやかでデキるサラリーマンだが、冷酷な部分もあり成り立っている、
珠とホテルになだれこみそういう感じになりかけるも、正気に戻ったあと珠になげかける言葉はかなりえぐい。
「俺を尾行してみて、どう感じた?」
と聞かれた珠が
「おもしろかったです」
と答えると、
「ずいぶんだな。そんなこという権利お前にあるのか」
と返す。
いや自分で聞いておいてそれはどうなんだ!と思わず突っ込む。
本人はストレスでそれどころではないかもしれないが、
「自分の人生がおもしろいかどうか」は、他人との関わりなしに発生し得ない評価なのだ。

しのぶ

不倫現場に石坂の奥さんが押しかける日、
奥さんが白っぽい服を着ているのに対して、しのぶは黒いドレスを着ているのが好対照。
尾行をしている珠にいち早く気づく観察力もさすが売れっ子?デザイナー、という感じ。
感情的になりながら
「私が全部あなたの本質をわかってる」
と言っていたのが印象的。
哲学的アプローチで本質に迫ろうとしてる珠と好対照である。

篠原教授

一緒にいる意味がわからなくなった珠と卓也の関係とは対象的に、
一緒にいることにこそ意味がある篠原教授とその奥さんの関係。
ここにも対比が発生する。

教授がなぜ自殺したかは本作最大の謎だ。
ここで主題(「人の存在意義は、人との関わり合いの中で完成する」)に立ち戻ると、
珠が対象者Bを教授にしたことにより、自分だけでは得られない「他者の視点の中の自分」が得られたからではないだろうか。
「なぜ生きるのか」の答えが珠の論文によって完成したから、思い残すことはなかったのかなと思う。
論文が93点だったのは、あとの7点は自分しか知りえない秘密の分、とか。どうだろう。

映像表現で気になったとこ

「見る・見られる」関係

「見る・見られる」関係が象徴的に描かれている。

・監視カメラ
・小劇場
・ラブホテルの前で待っていた卓也らしき人影
・ホテルのフロントで珠を訝しげに見ていたホテルマン
・珠の寝顔を見て卓也が描いた絵

「見る」ことによって接点が生まれているということがわかる。
最後に渋谷で珠のすぐ近くに卓也がいるが、「見ていない」ことによってお互い気づかない。

また、小劇場、監視カメラのシーンに顕著だが、3重のメタ構造が発生している。
例えば小劇場のシーンだと、

①小劇場の役者

②観劇している珠

③映画のシーンを見ている自分

という構造になっている。

麺を食べる描写

麺を食べるシーンが2箇所出てくる。

・篠原教授が奥さん(役の人)に作ってもらったお弁当のスパゲッティを食べるシーン
・珠と卓也が別れ話をしながらカップラーメンを食べるシーン

しかも食べるときの音がやたらと生々しい。
両シーンとも、人と人との交わりを象徴するところで登場する。
麺の絡まっている感じも相まって複雑な心境を描き出している。

以上、映画を見て気づいたこと、思ったこと、考察をつらつらと書いてみた。
いろいろと作り込まれた作品だと思うのでぜひ他の人の感想も聞きたいところ。

この記事を書いた人

水木晶